通信制で社会復帰するきっかけになりました

通信制高校・大学に通って社会復帰までの道のり 

修学旅行

 さすがに通信制だし、ないでしょ……っと思ったお方いますよね?

 

 実は、あるんです。2年の秋くらいに行きました。他の高校と違う点としては、行きたい学年で行けるということです。勿論1回ですけどね。

 

 1年の時にも行けるし、2年の時にも行ける、3年の時も行ける。基本的には、3年生の時行く人が、多かったみたいです。2年もいましたが。

 

 沖縄へと2泊3日で行きましたね。初めての飛行機は、とてもドキドキしました。通信制高校なので修学旅行が、初対面なんてことが、当たり前にあります。それでも、やっぱり同じ時間を過ごしていると仲良くなれますね。

 

 現地の人の案内や集合写真を撮ったり、一緒に食事を食べたり、ホテルで遊んだりしてとても有意義な時間を過ごせました。

 

 まあ、修学旅行は、希望すれば、行けるということです。勿論、行かないという選択肢も出来るので、無理に行く必要は、ありません。それなりに費用もかかるのでね。でも、思い出は、きっと作れます。

 

 万が一、友達がいないから、知り合いがいなからっと迷ってる人が、いたら行った方がいいと思います。僕もあまり知り合いがいない状態で行ったのですが、十分に楽しみました。先生方もしっかりとサポートしてくれるので安心ですよ。

 

 高校の修学旅行は、人生で1回しかないですからね。通信制高校でも修学旅行という行事は、あるんです。



制服

 通信制高校は、制服があるのか? ないのか? まあ、これは、もう学校によるとしか言いようがないですね。

 

 僕が行っていた通信制高校では、2年生になった頃から、制服が出来ました。制服が出来ても私服登校でもOKなので僕らの代の生徒は、制服を着ているという人は、殆どいなかったです。

 

 制服は、ブレザーの制服ですね。ありがちのやつだと思います。後輩では、結構着ている子は、いましたね。

 

 比率的には、8:2くらいで私服が多かったですね。現在は、どうなっているのか分からないのですが、当時としては、こんな感じですね。前の高校の制服で通っている生徒もいましたが、それだと街を歩く時に誤解を受けそうですね。

 

 結論とすると、制服もありますが、基本は、自由ということです。私服の人が、多いので流れ的に私服を着ている生徒が、増えていったのだと思います。

 

進路 

 通信制高校での進路は、大きく分けて2つあります。

 

 進学と就職です。勿論、全日制課程の高校でも一緒になります。ただ、就職といっても学校に通ってないだろというレッテルが、やっぱりあるのだと思います。現実的には、厳しいのが現状です。バイト先から、そのまま正社員になるという形が、多分、1番多くなっていると思います。僅かながら、求人を出してくれている地元企業さんもあるようですが、中々狭き門となっております。

 

 基本的には、進学という生徒の割合が、多い気がします。専門学校、大学がおおまかな進学先となります。

 

 僕は、進学を希望していたのでとりあえず夏休みにオープンキャンパスを見たりして大学とは、どんなところかを見に行きました。しかし、私立大学の学費は、とてもネックになります。まあ、高いこと、高いこと。奨学金貰ってまでしっかりと自分は、学んでいくのだろうかと悩んでいるうちに月日は、どんどんと過ぎてしまいました。

 

「推薦入試で受けれる大学あるよ、これなら、一般より入りやすいよ!」

 

 進路指導の先生が、そう言ってくれました。それで大学へと行くのも悪くないと思いました。しかし、僕には、その判断が、出来ませんでした。なぜなら、高校を転入してここに来てしまったから。両親に制服一式を前の高校で買ってもらったのに辞めて通信制高校へと転入してしまった。それで多大なる迷惑をかけてしまった。それが、申し訳なくてしょうがありませんでした。多分、金銭面のことではなくて普通にいられない自分に対してもかもしれません。それでも僕は、ここの高校へと入れて良かったと思っています。

 

 その時です。学費が、安くて通える大学を見つけました。それが、通信制大学でした。教育学に興味を持っていた僕は、通信制大学でも学べることを知り、先生に願書を取り寄せてもらい、そこへと入学する決意をしました。

 

 この決断は、良かったのか悪かったのかは、追追話していきたいと思います。進路は、人それぞれですが、僕の場合は、金銭のことも考えての通信制大学という選択となりました。消去法的な選択であった為にこれで本当に良かったのかと今でも思う時がありますが、しっかりと自分で選んだことなので後悔はないです。やはり、決断をする時は、自分の意志を尊重することが、大切だと進路選択の時に思いました。

 

部活設立3

 3年の春の大会をコールド負けに終わったのですが、秋にも大会があり、その参加へと向け、夏、いわゆる夏休み的な時期に練習をしました。

 

 今、思えば、お盆と言われる時期頃にも練習をしたので本当に顧問の先生に感謝しています。当初は、夏に合宿が、行われる予定であったのですが、色々な事情も重なり、週5練習だけになりましたね。まず、暑いってだけでキツかった気がします。太陽が、照り続けている中での野外部活は、身体に堪えますね。

 

 練習は、キツかったというよりも楽しかったということの方が多かったです。やっぱり、好きな野球が、出来ていたので嬉しい気持ちの方が、強かったですね。合間に練習試合を組んでくれて試合も行うことが、出来ました。春の時よりも野球になっていったのでとても良かったし、やり甲斐がありました。僕は、投手として牽引するまではできなかったけど、仲間と共に出来る時間は、かけがえのない時間でした。

 

 秋の大会では、接戦に持ち込むことが出来たのですが、結果は、負けてしまいました。応援してくださった先生の為にも勝ちたかったという気持ちだけが、心残りです。それでも学校を転入する前には、思いもしなかった未来でした。それだけで満足であり、幸せだった部活動です。本当に通信制高校へと転入して良かったと心から、思いました。

 

 3年生になってから、活発になってきた部活動だったので後、もうちょっと早く、部活動が、活発になってくれたら良かったなっと思う時もありましたが、それは、それでいいかなって思います。この時の気持ちが、謙虚に生きていれば良いことが、起きるというモットーを自分なりに持つことが出来るようになりました。コツコツ頑張って、継続させていくことで道は、いつか拓ける。諦めないことが、何より必要であると、自ら勉強出来ました。机でしか、出来ない勉強じゃないモノをたくさん学べた部活動であったと思います。

 

 卒業前には、卒業試合も組んでくれて本当に楽しかったです。和気あいあいと出来る野球は、やっぱり格別でした。もっと、やりたいという気持ちもありましたが、これは、ここで一区切りとして新たな道へと向かって行かないと先生にも後輩にも示しが、つかないのでね。

 

 野球というスポーツがあって、通信制高校に転入したことが、僕にとっての人生の転機でした。明るい気持ちを取り戻せたと思います。きっと、明るい、ポジティブな気持ちを取り戻すきっかけは、自分の好きなこと、夢中になれることから、あるのだと僕は、思いました。




教員の様子

 僕の行っていた通信制高校の教員は、若い人が多かった。年齢が高い先生でも40~50歳くらいでした。

 

 基本的には、20後半から30代の先生でしたね。アットホームな雰囲気というのでしょうか、親しみやすい感じで話しかけてくれる教員が多かったと思います。怖い感じの先生は、1人もいなかったです。まあ、怒ったら、怖かったかもしれませんがね。

 

 僕の担任の先生は、20代後半(当時)の女の先生でした。英語を担当している先生で、優しい方でした。年齢が近いので話もしやすくてとても良い先生でした。

 

 部活でお世話になった先生は、20代後半(当時)の男の先生でした。生徒から、慕われるような性格な先生であった為に部活動をやりたいという僕の意志をしっかりと尊重してくれるような先生であり、とてもやりやすい雰囲気を作ってもらえました。

 

 ちなみに前に行っていた高校では、自分の話等聞いてくれるような先生では、ありませんでした。何が起ころうが、自己責任みたいな雰囲気な先生でした。まあ、それも一理あるのですがね。辞めるのも勝手だよみたいな? 感じでしたね。嫌な先生では、なかったのですが、一緒に学んでいきたいなっと思うような先生でなかったことだけ覚えています。やはり、先生は、話を聞いてくれて受け入れてくれるということが、大切だと僕は、肌で感じました。

 

 学校という組織にいるとどうしても先生と生徒としか、関わらないということがあると思います。その中でトラブルが起きてしまうと、どうしても辞めたくなってしまいます。その点通信制高校は、逃げ場が、あります。これは、いいことか分からないのですが、嫌になったら、通わなくてもいいということも可能になります。必要な授業だけ出れば言い訳ですし、実際にちょっと人間関係に躓いた生徒は、途中から、あまり学校に通わなくなったりしてました。僕自身は、そういうのを見るのは、嫌いでしたから、メールとかでなんとか来れるようにしました。「部活も来れる時は、来てね!」っとこういうメールが、あるだけでも違うと思います。僕が、行きづらい時あったら、こういうメール送ってもらいたいですもん。きっと、それは、重荷になったかもしれないですが、少しでも同じ場所にいる仲間として力になりたいという気持ちがありました。

 

 話は、逸れましたが、教員は、質問をすれば、分かるまで答えてくれるという人が、殆どでした。また、キャッチボールに付き合ってもらったりもしたし、遊んでくれるといったら、おかしいかもしれないが、そういう先生もいました。

 

 学校の問題で行き詰まりを持っている子は、まず、通信制高校という学校を視野に入れてみるのは、どうでしょうか? 絶対にいいとは、言えないのですが、止まってしまうよりも歩いてみた方が、希望の光を差し込めるきっかけへとなると僕は、思います。

 

文化祭

 通信制高校でも文化祭は、ありました。というよりも僕の行っていたところは、設立してから、日が浅いので初めての文化祭でした。

 

 1回目が、2年の秋(11月)、2回目は、3年の秋(11月)で行いました。時間帯としたら、午後1時くらいから午後4時でした。

 

 ほかの高校の文化祭というモノをみたことがないのでなんともいえないのですが、僕らの高校でやったことは、歌(バンド)をやったり、クレープやたこ焼き、お好みや等を生徒が、作ったりということでしたね。後は、生徒から集めた絵の展示を教室いっぱい使い、飾ったり、基本的には、喫茶店風の店が多かったです。

 

 僕は、2年の時、イベントステージで羞恥心というヘキサゴンユニットで歌いました。最近は、見かけなくなったけど、あの当時は、人気でしたよ。

 

 3年の時は、バンド形式で歌を歌ったりしました。生徒だけの文化祭という感じなので一般の方は、入れないようになっていました。2年の時に何か問題が、あったようで。詳しくは、知らないんですけどね。誰でも入れるようになると、ヤンチャなグループの知り合いが、多く集まっちゃうみたいで禁止になったんだと思います。

 

 文化祭の準備は、結構楽しかった記憶があります。イベントみたいなの僕は、好きだったので。あまり人と関わることが、得意では、なかったのですが、こういうイベントの時には、初めて会った生徒とも話すことが、出来たりしました。これもイベントが、なせる技ですね。通信制だから、余計に初対面の人が、多いんですよね普通の学校とは、違い。

 

 1番嬉しかったことは、僕が、ボーカルを務めていたのですが、「声綺麗だね」っと保護者の方に言ってもらえたことですね。自分の声、あまり好きじゃなかったけど、その時は、少し誇らしく思えました。まあ、一瞬だけですけどもね。

 

 やっぱりイベントごとを行うことで団結力が、生まれるので必要になりますね。準備は、大変でしたが、喜んでくれる人や楽しんでくれる人を見ると、やって良かったなって思えます。

 

 まあ、多分、バンドのレベルとしては、低いものでありましたが、そのくらいの方が、学生らしくていいのかなって僕は、思いました。限られた時間内で準備することの方が、大切ですからね社会に出ても。

 

バイト

 ここまでは、良いところをメインに書いてきましたが、僕なりに嫌な経験をしたということを書いていきます。

 

 まず、バイトを高1の時に生まれて初めてやりました。そこでは、短期バイトという扱いなので冬休みの期間だけやりました。ここでは、あまり学校についても言われなかったので良かったですけど、某コンビニエンスストアバイトを始めた時に嫌な気持ちへとなりました。

 

 店長の方に「楽な学校なのに」とか「普通の学校じゃないだろ」とか言われました。自分自身の働きぶりが、あまり慣れていない為に素早く出来なかったから、言われたのだと思います。しかし、僕の否定なら、まあ、まだ、我慢出来ますよ。学校は、関係ないです。やはり、社会的には、通信制って根性が足りないとか、甘えとか、思われているんですね。すごく辛くてすぐに辞めました。

 

 全日制の学校でも本当に行っている、通っているだけの人もいるのに通信制ってだけで言われるのもどうかと思います。学校だけで判断しないで欲しい。

 

 それでもスーパーでバイトした時は、快く受け入れてもらえました。心の広い方は、そのように受け入れてくれるんだなって思いました。だから、僕は、噂や偏見だけで物事をその人のことを決め付けるということを絶対にしたくないと学ぶことが、出来ました。

 

 だから、馬鹿にしてくれてありがとうございますって思えました。